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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)7197号 判決 1977年11月30日

原告 及川文平

被告 大野秀男

右訴訟代理人弁護士 粕谷芙美子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

被告は、原告に対し、九九万九四一三円及びこれに対する昭和四九年四月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。との判決と仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文一、二項同旨の判決と仮執行の宣言を求める。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和四九年四月一〇日午後二時ころ、東京都練馬区富士見台三丁目二番地において、被告所有し飼育していた犬(以下本件犬という)に咬まれて左大腿咬創の傷害を受けた。

2  原告は、右傷害のため、昭和四九年四月一〇日から、同月一九日まで都立大塚病院外科において治療を受けたが、傷口は治癒したものの以後、傷跡を押すと微痛を感じる状態が続いた。

そして、同年五月下旬ころ右傷跡を中心に激痛を感じるようになったので同年六月一三日から四月二〇日まで山梨県下部温泉にて温泉治療を試みたところ、一応痛みはとれたが、その後同年七月八日ころから再び腰痛を感じるようになった。

3  そこで原告は、同年七月二七日前記病院整形外科で診察を受けたところ、神経痛と診断され、向う一か月間通院して注射療法を受けてみるよう勧告された。しかしながら原告は、高齢(明治二九年七月六日生)であるため、注射療法を一か月も続けることには耐えられないので、神経痛を治療するため、別紙温泉療養経過表のとおり、その後六回、温泉療法を行なった。

右神経痛は、本件犬による咬傷が原因である。

4  前記咬傷により、原告に生じた損害は、次のとおりである。

(一) 温泉療養に要した費用

別紙温泉療養経過表のとおり、合計一八万五二一三円である。

(二) 慰謝料

右咬傷の治療期間中の慰謝料は、八一万四二〇〇円が相当である。

5  よって、原告は、被告に対し、温泉療養費及び慰謝料の合計九九万九四一三円とこれに対する昭和四九年四月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、被告において本件犬を飼育していたことは認める。飼育していた場所は、練馬区富士見台二丁目一番地内である。本件犬が原告に咬傷を与えたか否かは知らない。

2  同2ないし4の各事実は不知。ただし、原告の神経痛が昭和四九年四月一〇日の咬傷が原因であるとの主張事実は否認する。

三  抗弁

1  被告が本件犬を飼育していた場所は、被告が訴外大沢澄夫から依頼されて管理している土地でありいわば被告の裏庭とも言うべき場所であって、北側の公道とは、トタン塀で遮断され、東側は訴外中島忠所有の車庫、西側は訴外「あずま寿し」及び被告の家屋に囲まれ、南側は、駐車場として使用されている。

2  被告は、右で、本件犬を鎖で右訴外中島所有の車庫に繋いで飼っていた。

3  原告が、本件犬に咬まれたのは、原告が被告が管理する右土地内に被告に無断で立ち入ったためである。

4  従って、本件犬により原告が咬傷を受けたとしても、被告には、責任はない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち本件土地の南側が駐車場であったことは認めるが、その余の事実は不知。

2  同2の事実は認める。鎖の長さは約二メートルであった。

3  同3の主張は争う。

第三証拠の提出援用《省略》

理由

一  《証拠省略》を総合すれば、原告は、木材の仲買商を営み、用材として適当な立木を見つけるとその所有者と交渉して立木の仲買を行なうことを業としているところ、昭和四九年四月一〇日午後二時ころ東京都練馬区富士見台二丁目一番の「あずま寿し」及び被告宅東側(裏側)の空地(以下本件土地という)の北東角に、道路と接して生育する訴外中島忠所有の桐の立木を見つけ、木材として適当であれば所有者と交渉して買取り、転売しようと考え、これを検分する目的で、本件土地に立ち入った際、原告が所有し飼育中の本件犬に左大腿部を咬まれ、一〇日間の通院治療を要する咬傷を受けたことが認められる。

二  そこで、被告の抗弁について判断する。

まず、《証拠省略》を総合すると、本件土地は、南側が駐車場を経て私道に続いておりその間に門扉等特段の障壁はなく一般人が容易に立入ることのできる状態にあるが、北側はトタン板塀で遮断され、東側は南北に細長い物置小屋で、西側は訴外「あずま寿し」及び被告の建物で各画された南北に細長い土地で、西側は右「あずま寿し」及び被告の建物の勝手口に面し、東側は右物置の開放された入口に面していて、これら建物使用者の管理する土地であって一般人に開放された土地でないことは外見上容易に看取し得る状態にあったこと、本件土地は他に通り抜けができないこと、被は、本件犬を、右物置入口の中程にある柱に、長さ約二メートルの鎖で繋いで飼育しており、本件犬が原告を咬んだ右事故の当時も同じ状態にあったこと、本件犬は原告に咬みついたほかそれまで人に咬みついたことはなく特に危険性のある犬ではないこと、の各事実が認められる。証拠を検討しても、右認定に反する証拠は見当らない。

右認定したところに基いて判断すると、右飼育場所の状況および本件犬の性質に照らし、右鎖をもって繋留していたことをもって、本件犬をその性質に従って相当な注意を用いて飼育していたとするに十分であり、それ以上に、本件土地に無断で立入り、或は右物置に近寄る者のあることをも予想して、これに危害を加えることのない様配慮することを要求することは相当でないというべきである。

三  してみると原告の受けた咬傷と原告の神経痛との因果関係を検討するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないというべきであるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川上正俊)

<以下省略>

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